昭和50年03月20日 松永恵子50日祭



 恵子ちゃんが亡くなられてから、50日間という、日数を数えさせて頂いて、今日は言わば、御霊ながら、本当に御霊様の列に加わるというか、御霊の世界に本当の意味で入られた、言わば式をさせて頂いたのが、ま50日祭、または合祀祭、または納骨式で御座います。
 本当に人間の、幸福ということが言われますけれども、私共が本当に幸福になりたいと、言うその幸福ということが、どこにその焦点を置いて、又どうある事が人間の幸福なのか、是はもう永久人間ある限り、この問題に取り組んで、幸福へ幸福へという追求をまあ、する事で御座います。
 思いますのに、例えば親が子供を思う、子がまた親を思うという、その情と言うか、例えば今日のお祭りを奉仕させて頂いて、まあ次々と親の思いがあの様にして一つのお供え物にも表れておるのですけれども、中にビスコのお供えがあり、ミルクのお供えがありましたよね。
 あれは本当にあの親の情が、ああいう形になって表れておるんだと思うんです。けれどももう御霊様の世界に入れば、もう軟らかい物なからなければ硬い物もない、甘い物もなければ、又辛いものもない。唯受けられるのは思いだけ、言うならば真心だけが、受けられる世界にある訳で御座います。
 今朝からテレビで、あのニュースで申しておりましたが、東京に17億何ぼも財産を残して、亡くなられたお年寄りの方がおられたと、いうことで御座います。本当にこの世の中にお金さえあれば幸せと言うのなら、沢山の言うならば金を持っておれば幸せであろうけれども、話を聞けばきくほどに、お幸せではなかったようであります。してみると金だけではどうにも出来ない世界。この世がそうであります。
 例えてこの頃から、歌舞伎俳優の大変有名な、坂東三津五郎さんと言う人が、おりましたが。非常に有名でしたけれども、ふぐ中毒であっという間に亡くなられた。ところがその後の、今度は財産争いが、大変な事だというようなことを、いろんな報道で聞かせて頂いて、どんなに例えば有名であった地位があった。
 お金があっただけでは、どうにもでけない、でけないどころかそれが後に災いを残すと言った様な結果になったんでは、もういよいよ詰らんのですけれども、お互い我情我欲で、ね、先ず地位とか名誉とか、お金とか財産とか物とかというようなことに終始、終わるということほど、私は詰らない事はないと思う。
 信心の世界と言うのは、真実の幸福を求めて、又は真実の幸福を与えたいと言う神様と、真実の幸福を受けたいと言う人間とが、こう相対峙して、そしてその幸福を頂こうと言うのが、しかも是はこの世だけではない、あの世この世を通して永劫、助かっていけれる道をわずかな私共が、間ではあるけれどもね。
 まあ50年まあ長生きをして100年。神様の言わば何億年か分からないほどしの、人類がこの世にあるようになってから、どれだけの年限が経っておるか分かりませんけれども、そういう広大無辺の神様の働きから言うと、百まで生きておったとか、恵子ちゃんの様に、この世に何カ月しかいなかった様な事やらは、全然アッとこう目を瞬く間だけしかなかったように、私は思います。
 50年、100年が問題じゃない、いやこの世に生を受けて、たった4カ月なら4カ月余りの生を受けて、それでも私は御霊が本当に助かるということは、親達に言うなら何を残したか。言うならば幸福の元になるもの、それをもし松永さん夫婦が、それをもし受けるとするなら、本当にまあ、信心をしていない訳ではないけれども、本然として信心の眼が、例えば開けた言うならば。
 寝ぼけておった様な生活から、冷たいお水で顔を洗ってパチッと目が覚めた様な、生き方がこれから、もし出来るとするならば、恵子ちゃんあん時には本当に、悲しい事だった4カ月の間ではあったけれども、楽しい思いもした、親としての。又は大変もうハラハラする思いもさせて頂いた、最後には養生の甲斐もなく、例えばこの世を去った時などは、本当に親としての言わば、悲しみをも味おうた、けれども最後に、御霊に言えれる事は、おかげでね。
 本当の人間の幸福の土台になる、元になる信心の目が開けたと、いうことになったら、この御霊は、大変な幸福な御霊であり、後々にも幸福を残して行く事になるのです。人間の幸福と言うのは、どういうことか。例えばあの幸せと言う字は、土という字を書いて、点々を書いて、また下にこう、干すという字が書いてある。それを反対にひっくり返すと、やっぱり同じ。
 上から見ても幸せと読む、下から読んでも言うならば幸せと読む。こう読んでも幸せなら、ひっくり返しても幸せである。人間の幸福というのは、降っても例えば有り難いなら、照ってもまた有り難いというような、境地を開く所に、人間の幸福はあるのです。
 こうなからなければ、金がなからなければ、地位がなからなければ、人間が言わば有名にならなければ、幸福と云った様な、それは幸福の条件ではあっても、幸福ではありません。幸福は何と言っても、自分の心が何時どもどの様な場合であっても有り難い、悲しいけれども有り難い。子供を亡くした親の気持ちと言うものは、もうこれ以上の悲しみはなかろう。
悲しい惟以上の悲しみはないけれども、けれども有り難い。恵子ちゃん有り難う、あれを境にお父さん本当の信心、本当の幸福の道を体得さして貰う、言うならば切っ掛けにもなったと云う事が有り難いと、御霊にお礼が言えれる様な、おかげを頂いた時が私は御霊も助かれば、これからまた、助かっていく人たちの上に、一つの光ともなる事だと思うのです。まあ、仏教的に言うならば、それこそ賽の河原というところでしょうね。
 こんな話があります。賽の河原で沢山の子供達が、来る日も来る日も、あの石を積んではね、一つ積んでは父の為、二つ積んでは母の為として、毎日毎日こう積み上げて、功徳を積むのです。ところが、赤鬼青鬼が出て来ては、それをまた無残にも壊してしまう。また石、石を積む毎日毎日繰り返す。ある時に子供たちが話し合った。こんな馬鹿らしい事はないぞと。毎日毎日石積みをしてるんだけども又青鬼赤鬼が出て来ては崩してしまう。こんな馬鹿な事があるものかと。
お地蔵様に一つこの談判をしよう。お地蔵様はちゃぁんと立って御座るばかり。なぁにもしなさらん。そこでもう私達は、もう明日から石積みを止めます、とストの宣言をしたというのです。それでお地蔵様が、そりゃそれもそうであろう。
 そんなら私としばらく変わる事にしようかと言うて、その皆が石積みを止めて、そしてお地蔵様のようにちゃんとこう、座ったり立ったりの修行を始めたというのです。ところが2日3日は何にもせんでよかったから、楽のようでしたけれども、それが楽でない事が分かった。そして矢張り石積みをまた、申し出たと言うのです。
 そして積んでは崩され積んでは崩されするけれども、これが本当に言わば有り難い事だということが分かったというのです。お地蔵様が仰ったそうです、そういう気持ちが開けたならば、いよいよ極楽に、お前達を導いてもよいと、言われたということです。
 人間が言わば一生掛って幸福へ、幸福へ幸福になりたいなりたいと言うて、我情我欲までしてからでも、それこそ人の茶碗を叩き落してからでも、金儲けをしよう、自分が地位を名誉を獲得しようというて、血道を上げておる。その空しさというものが分からせて頂いて、私共の言うなら、手元足元のところを大事にしながら、自分の頂いておる御用に、言うなら本当の意味においての働きができると云う事。働くということは、はたが楽する事だと言われております。
 自分の働きが社会に貢献する事に継ながる。自分の働く事が、はたの者が楽をする事に継ながるんだ。その事に有り難いというものが感じ分った時に、私人間の幸福ということが言えれる。そういう境地が開けた時に、ならお地蔵様じゃないですけども、言うならば、極楽の世界に導いてやろうと云う事にもなって来るの、だと私は思います。
 私共が信心によって何を得るかというと、それこそ降っても有り難いならば照ってもまた有り難い、不平もなからなければ不足もない。水の流れるのに不足、不平もない、唯流れる、唯流れる、そこに障害物があるならば、そこへしばらくじっとしておいて、溜まった水はまた向こうへ回って流れていく。もうとにかく流れて流れて止まない生き方を、身に付けて行くと云う事が、私は本当の意味においての、極楽行きだと思うのです。
 今日私は、ご神前で御祈念をさせて頂いておりましたら、恵子ちゃんにとっては、従兄弟になりますかね、あの重子さんの、いま今年小学校終えて中学校に入ります、力君と言うのがおります。もう小学校に入ってすぐの時分に、作文を書いたんです。それが西日本新聞のそれに、選られましてね、新聞に載った事がありました。その原文を私の所へ持って来てから読ませて頂いたんですが、ご本部にもそのあの作文を出して、大変評判になったんです。
 それはね、神様になりたいという、それを神様ということを、亀様亀様とこう自分がなまって言うもんですから、あの作文用紙にも亀様と、大神、大神様と言うから、大亀様と書いてある。大亀様になりたい。大体神様ってこの世におるのかな、おらんのかな、一体何を食べて生きておるのかなと言った様なあその表現でした。そして大亀様とは親先生のような人だろう、僕も親先生のような人を目指そうという意味の、その作文でした。
 私は、今日それをふっとこう、ご祈念中に思わせて頂いて、今朝から孝子さんがお夢に頂いたというお夢とを思い合わせて、有り難い事だなと思ったんです。というのは今朝からあの、そのお夢のお届けがあったんですけれども、現在住んでおる所がもう、大水が入って来よる。どんどんどんどんお水が入って来る。
 そこであの裏の勝手口の、戸のところがこう開いておるところからね、それこそ戸口いっぱいの様な大きな亀が入って来る。はあ、大きな亀が家に入って来ると思いよったところが、その大亀が何と恵子ちゃんにかわったところをお夢に頂いたと言うて、お届けがありました。
 ねえここでは、あの亀のお知らせを頂くと親先生だとこう言うのです。浦島太郎が、言わば亀の背中に乗って、そして竜宮へ行ったという、おとぎ話が御座いますけれども、ここではもう一から十まで親先生任せ。
 言うならば、親先生亀の背中に乗って、もう任せきった生き方から、必ず極楽が開けるぞ、竜宮に到達する事が出来るぞと言う様な御理解を頂いた事があるんですけれども。結局私は、その大亀様というのは親先生の事であった、同時に力君のなまって書いておるところの、大亀様にも通ずることだろうとこう、思うのです。
 御霊様がこの50日祭を境に、本当に御霊の神としての働きを現す事の出来れる世界に入られたことを、母親の孝子さんに、私は知らせて下さったんだと云う風に思うて、有り難い事だなと思わせて貰いました。人間の幸福を願わない者はありません。その為に勉強も致します、その為に一生懸命努力も致します。
 けれども例えば17億の財産をです、残してそれが果たしてその、17億からのお金の中に、それこそ埋まる様にした生活が、果たして幸福であったかどうかと言うことを、一つ、考えてみなければいけません。有名になったから人間が幸福ではありません。
 三津五郎さんのそれを思う時に、成程この世である時は有名であったかも知れませんけれども、さあ後に残したものは、それはお家騒動であったと、いうようなことであっては、いよいよ詰らない。そういう御霊が助かっておるとは思われません。
 私共はこの世では言うなら50年か100年か、言うならば恵子さんの様に何カ月かこの世に生を受けて、何カ月であったと言うてもです、それはもう神様の目からご覧になれば同じような事です。それこそ瞬きをする間もない様な、短い時間であろうと思う。
 その短い時間にです、例えば親を導き、親を真実の幸福の土台を作る働きを、この御霊様がして下さるとするならばです、ここに親子共々、いや子々孫々言うならば、幸福に継ながっていけれる、言うなら極楽行き間違いのない道を辿らせて頂くとするならです。
 この御霊の死ということも大変な、意義のある死であり有り難い悲しい、けれども有り難い死であったということを思います。これから縁に継ながるもの、例えば本当に今日はご親戚の方達が皆が沢山お集まりになって、まあ言うなら小さい、まっ赤ちゃんの霊祭、50日祭に本当に皆さんこうやって、しかも遠方ご参拝を頂きましたが、本当にご参拝を境にです。
 そこに人生の何たるかをです、本当に少しでも気付かれることになって、その生き方が少しでも変わられることになるとするならば、お爺さんお婆さんにとっては、孫、孫のおかげで、本当なことが少し分かりだしただけでも、素晴らしいことになるのではないでしょうかね。
   どうも有り難う御座います。